ただし他者の欲求を満たしているというプライドをもつことが、ワタシの本来の目的ではない。真に求めているのは、他者の愛情と好意を得ること、そして自分への他者の特別な理解だ。特別な理解とは、この場合″目をかける″といったニュアンスだ。彼らは、理解されるには、相手を助力しなければならないと信じている。ところが彼らは、自分がどれだけ他人の愛情や理解を必要としているかに気づいていない。これがワタシの「囚われ」だ。与えることで安全を得てきたワタシが、他者に必要とされることにプライドを見出すようになると、自分の欲求に目を向けることをためらうようになる。その欲求が、愛情を得るのに邪魔になるかもしれないからだ。結果として、意識が外に向くように訓練され、愛情を確保することに執着し、自分の欲求を無視しようとする。しかしワタシが、他人への助力を惜しまないのは、自分を受け容れてもらい、かつ感謝の気持ちを表わしてもらいたいという願望があるからだ。

 

 

だから自分の献身に対して、感謝が得られない場合の不満感は相当に大きい。これは、感謝されたいという本当の願望が、他人に気に入られるためにつくったいくつもの自分と衝突した状態と表現できる。最終的には相手にコントロールされ、利用されているという被害者の意識に陥り、自分から進んで行った献身でありながら、東縛から逃れたいと望むようになる。この内部矛盾にワタシは苦しむことになる。