相手を操ろうとする

また人にとり入る能力に長けた人の中には、その相手を操ろうとする傾向がある。これは″見返り″を求める無意識の欲求の表われだ。野心家の人は、付き合う価値があるか否かという視点で相手を見る。″価値がある″人間には、その能力を発揮して巧みにとり入2つ。人は、権力者への憧憬が強く、権力者が望ましいと思う姿に順応しようとするので、たとえリーダーになる資質に恵まれていても、通常は陰の権力者になりたがる。彼らは、助けた権力者からの見返りを期待していることを認めないが、自分が献身する権力者が力を得ることで、身の安全を確保し、さらに自分もその権力の一翼を担おうとする。ただし人は権力と安全を得るだけでは満足せず、同時に愛情も求める。このあくまでも心の絆を求める点が、他のタイプの野心家と異なる人の特性だ。人から頼まれると断れない、頼まれなくてもつい手を差し伸べる、時間がなくても他人のことを優先する、犠牲になることを探してでもする……。

 

学生時代、勉強がはかどらずイライラしているときに友人の手伝いをして″だから自分はいいんだ″と納得したこともありました。人が困っていると代わりに解決してあげたり、自分は悪いことをしていないのにあたかも自分がやったように罪をかぶることも再三でした。私は、上司、部下、同僚との付き合いはうまいほうだと思っていましたが、人の性格を学んでからは、自分で無意識にやっていると思っていたことが、すごく意識的な行為であることに気づきました。そして人間関係も自分が思っているほど上手くいってないことが多いことを知りました。また私には、あるときはすごく優しいのに、あるときは人を徹底的に責める傾向があります。さらに私はちょっとしたことで怒ります。それは主に自分の思い通りに物事が進まなかったり、周囲が私を理解してくれなかったりしたときです。これは、人の典型的な「囚われ」とタイプ8に行こうとする誘惑のなせる業なのでしよう。その点では、自己犠牲の志向とともに非常にわがままな部分も私はもっていと感じています。